2013年8月3日土曜日

その2 独楽 (こま)

『 インドネシアは日本と世界をつなぐ"架け橋"だった 』


皆さん、『 断食明け大祭 』おめでとうございます。

長かった断食月も終わり、これから、ご帰国やご旅行をされる方も多いと思います。
どうぞ気をつけてお出かけ下さいね。

このコーナーでは、古代世界の文明や文化を日本に伝えてくれたのは、北の中国人や韓国人ではなくて、実は南のインドネシア人だったというお話をさせて頂いています。

本日は、独楽のお話です。
独楽は、世界最古の『おもちゃ』と言われてます。

「 独りで楽しむ 」。。。 と、書いて『コマ』 と 読みます。

なかなか意味深な名前のおもちゃです。(笑)

ジャカルタの独楽

それはさておき。。。 

世界最古の独楽は、紀元前2000年頃の木製の独楽がエジプトで発掘されています。
それ以前の紀元前3500年頃には、メソポタミア(現在のイラクあたり)の子供達が土製の独楽を回して遊んでいたようです。

そして、メソポタミアに住んでいた古代ペルシャ人の船乗りが、インドを経由し、インドネシアにやってきて、独楽を伝えました。
インドネシアの気候は熱帯雨林ですから、木材が豊富です。
独楽の材料が沢山ありました。
また、インドネシアに住む人々は、古代から今日に至るまで、好奇心が強く、手先が器用で、工作が大好きだったので、この地で、独楽は急速な発展をとげました。

ロンボックの独楽 (Wikipediaより)


インドネシアのそれぞれの土地土地や島々では、様々な独楽が作られました。


素材も形も色彩も、地方ごとに違います。南国なのでとてもカラフルな色合いです。

特に、カリマンタンとスマトラにユニークな独楽が集中しています。


鉄木やマホガニーやチークなど、高級な木材で作られているモノもあります。


インドネシアにはあまりにも多種多様な独楽が存在するので、
『独楽の発祥はインドネシアではないか?』とする説が根強くあるほどです。


こちらの独楽の回し方も色々です。

押したり、引いたり、投げたり、叩いたり、もんだりします。


独楽はかなり乱暴な扱いを受けてます。(笑)


遊び方も色々です。

喧嘩させたり、陣地を奪いあったり、回っている時間を競ったりします。

インドネシアには、独楽の協会まであります。
公式のルールブックを発行して、細かいルールと審判方法を規定しています。
独楽に、ここまで入れ込んでいるのは、おそらくインドネシアだけです。
子供以上に、大人が真剣に独楽を回しているのも、インドネシアが一番です。

独楽の土俵で、チョコ握りの臭いがすることも、たまにあります。


また。。。

また、インドネシアでは、独楽は縁起モノでもありました。

米の倉に飾って豊作を祈願したり、結婚式などの前の日に軒先に吊して、『明日天気になあれ』と好天を祈りました。(テルテル坊主のようです。)

一年飾った独楽は、焼いて「お焚き上げ」をする風習まであったそうです。

そして。。。

これがジャワ島の独楽です。



インドネシアを旅すると一番多く見かける独楽です。


竹で出来ていて、とても軽いです。
胴体に穴が空いていて、回すと「ウォーン」と唸るので、『鳴り独楽』ともいわれています。
この音で悪霊を追い払うのだそうです。



そして。。。

こちらが、宮崎県名産 の 『 神代独楽 』 です。


宮崎県では、今でも5月5日の子供の日に魔除けとして飾っています。

色と模様こそ違いますが、ジャワ島の独楽とまったく同じです。

この独楽は韓国や中国から伝えられたと思っている宮崎の人も多いです。
でも、もともと竹は熱帯の植物なので、当時の韓国や中国に竹は棲息していません。

『 神代独楽 』は、間違いなく南のインドネシアから伝えられたものです。

その他、南九州にはインドネシアから伝えられた独楽が沢山のこっていて、今でも各県で民芸品として作られています。
日本全国各地で、独楽が作られていますが、種類の多さでは、南九州や西九州が断トツです。




インドネシアから伝えられた独楽は、日本の宗教と文化の発展にも、とても大きな役割を果たしました。

インドネシアと同じように、昔から日本でも独楽は、『神事』でした。

海老一染之助・染太郎の『今日はいつもより余計に回しています』の曲独楽(きょくごま)は、本来、神社で奉納されるものです。
太神楽(おおかぐら)と呼ばれます。

「戦前まで、独楽の曲芸師が全国各地を巡って、お伊勢参りに行けない土地の人達のために、曲独楽を披露して、神宮の御札を配り、神主さんに代わって祈祷もしてくれたんだよ。」と、うちのおばあちゃんがよく話してくれました。

お正月に子供が独楽を回す風習も、一年の無事を感謝して、神様に捧げた『神事』です。


そして。。。

世界から伝えられた文明や文化をそのまま受け継がず、改良に改良を重ね、洗練を尽くし、至高のレベルまで極めてしまうのが日本人の技術者気質です。

メソポタミアで生まれ、インドネシアで花開いた独楽の文化も、例によって、日本で極められ、昇華しました。

日本の独楽職人が、素材を厳選し、無駄を省き、バランスを高め、摩擦と抵抗を減らし、ブレずに、いつまでも回り続ける独楽を次々に編み出しました。

日本刀の刃や扇の上を渡るようなミクロン単位の精度の高い独楽は、さすがはメイド・イン・ジャパンです。

    これは弊社のインドネシアの工房で作ったジャカルタ独楽です。 よく回ります。

ちなみに、独楽の回転時間の世界最長記録は、日本の森偉之輔さんがもつ1時間21分35秒です。
もちろんギネスに登録されています。
驚異的な記録です。

そして今日でも、独楽造りの日本の技術は、回転体である工作機械や産業ロボットや精密機器をはじめ、宇宙工学にまで応用され、生かされ、人類に多大なる貢献をしています。


『 インドネシアは日本と世界をつなぐ"架け橋"だった 』の第二回をおおくりしました。

第三回目は。。。

「邪馬台国はインドネシアにあった」
「日本人のルーツはインドネシア人だった」
「もちろん卑弥呼もインドネシア人だった」
の三本立てでお送りする予定です。

只今、撮影快調!執筆順調!です。(笑)

でも、『面白くない』という不評なので、この連載が短期で終わってしまいそうな予感もします。

コマった。。。コマった。。。

という、しょうもないオチでした。 (汗)


今回も御拝読頂きまして、誠にありがとうございました。(深くペコリ)

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