2013年8月1日木曜日

その1 クリス

『 インドネシアは日本と世界をつなぐ"架け橋"だった 』


皆様、こんにちわ。

東南アジア の文化人類学 を 研究している 写真家 の ジャイアン です。
インドネシアのジャカルタに20年近く住みながら、アジア各地を巡っています。

これまで 私達は、『 日本の文化は中国や韓国から伝えられた』と教わってきました。

でも、色々と調べていくうちに、北の大陸ではなく、南の島々から伝えられた文化も同じくらい多いことが分かってきました。

そして、こちらの文献を調べていくうちに、世界で最初にメソポタミア(現イラン・イラク・トルコ )で 生まれた文明を日本に伝えてくれたのは、インドネシアあたり に住んでいた海洋民族だということが分かりました。

メソポタミアに住んでいた古代ペルシャ人が、世界最古で最先端の文明をもって、インドを経て、インドネシアにやってきました。
そして、インドネシアの人々が、黒潮に乗って島伝いに北東に上り、沖縄や九州南部にやって来ては、私達の祖先にメソポタミアの最新技術を伝えてくれました。

南方ルート (海のシルクロード)
             
また、日本人は、中央アジアやモンゴルの北方の血だけでなく、中東やインドやマレーの南方の血も入った混合民族ですが、それ以前の古代に日本人のルーツに大きな影響をもたらしたのが、インドネシアの海洋民族です。

 ボロブドゥール遺跡の壁画に描かれた航海の図 (出典:Wikipedia)

日本語の発音や語彙は、インドネシア語などの南方言語と共通点が、とても多いです。
『古事記』や『日本書紀』などに登場する神話も、まったく同じ物語がインドネシア などの南方に古代から伝承されています。

インドネシアの衣食住をはじめ、芸術・道徳・宗教をみていると、世界の文化がどのような形で日本に伝わり、日本人が世界の文化をどのように吸収し、独自の日本文化に育てていったのか?! が分かってきます。
そして、最東端の日本で 昇華された日本の文化や技術が 、今日では世界中の人々の豊かさに貢献しています。

この20年、インドネシアの人々の写真を撮りながら、東南アジアと日本の文化の関係について研究 してきました。
そして、各方面の学者の皆さんのご協力を得ながら、検証と訂正を繰り返しています。

そんな折、こちらの情報誌に連載の機会を頂戴しましたので、『 インドネシアは日本と世界をつなぐ"架け橋"だった 』と題しまして、これまでの研究の一部をご紹介させて頂けたらと思っています。

日本とインドネシアは、共通の主食・文化・価値観・道徳・言語をもつ最友好国です。
そして、両国は、中東やオセアニアを含めたアジア全体の発展に、とても大きな役割を果たす最重要国です。


この情報誌 と この連載 が、インドネシアと日本の人々の交流の「架け橋」にもなれば。。。と切に願う次第です。




では。。。

 第一回目 はクリスのお話をします。


紀元前1000年頃、メソポタミア(現イランとトルコあたり )では、銅や鉄の精錬が盛んでした。
そして、この精錬技術が、メソポタミヤからインドやインドシナ半島を経て、インドネシアに伝わりました。

今も当時のままの製法で作られているのが、ユネスコの無形文化遺産に登録されたインドネシアの短剣・クリスです。

クリスは、ジャワ語で『刺す』という意味です。

熟練した刃物師が、いくつもの鉄鉱石やニッケルを何十層にも重ねて作ります。
なので、刃に鉄の層の「波紋」がみられます。
完成までに数年を要した名刀もあります。

また、クリスは、左右非対称の独特の形をしていて、蛇のように曲がりくねっているので、『蛇行剣(だこうけん)』 と呼ばれます。
当時のインドネシアでは、インドの影響で、蛇を『神の使い』として崇める風習があったようです。

クリス (出典;Wikipedia)

クリスで斬られた傷口は、縫合することができないので、武器としても優れています。

ただ、一般的には式典の時に、神聖な祭礼装飾品として身につけられ、地位や勇気の象徴として、先祖代々、大切に受け継がれています。
女性も結婚式などの時に身につけますが、女性用はやや小さめです。

クリスの着け方 (出典:wikipedia)

クリスにまつわる神話も多く遺されていて、インドネシアには『アジサカ王子と白ワニ』という、日本の『八岐大蛇(ヤマタノオロチ)』と同じような物語が伝えられています。
                               
アジサカ王子 と 白ワニ


クリスは神秘的な力を持つモノも多く、このように堅い床の上に立ちます。

(信じられない方はYouTubeで検索してみてください。)


希に、自然に回転をするクリスもあります。



 
                                                 
なお、刀には怨念が入りやすく、子孫以外が所有すると、不吉なことも起こりやすいので、素人は骨董品のクリスに手をださない方が無難です。

(ちなみに、私の実家は古物商です。)

熟練の刃物師が減って、いわゆる名刀は希少になっていますが、クリスを購入する場合は、できるだけ良質な新品を探して下さいね。



この蛇行剣のクリスが、日本の古墳時代の遺跡から多く出土されています。
半数以上が南日本で発見されていて、宮崎県の9古墳9本が最多です。
また中部・近畿をはじめ関東や東北でも出土されています。

このことから。。。

航海術にすぐれたインドネシアの海洋民族が、黒潮に乗って、小さな島伝いに北上し、沖縄南部の諸島を経て、鹿児島や宮崎に上陸して、クリスを日本に伝えたと考えられています。

そして、南方の諸島からやってきたインドネシアの人々は日本に定住しましたが、桜島が噴火する度に、難を避けて東へ東へと移り住んだので、日本全国にクリスが広まったという説が有力です。



今日でも、沖縄出身のアイドルはインドネシア人にそっくりです。
また、インドネシア人のアイドルの多くは、日本人そっくりの顔立ちです。

本州にも、南方系の顔の方も多いですが、クリスと共に、インドネシアからやってきた海洋民族のご子孫なのでしょう。


話はそれましたが。。。(汗)

インドネシアの海洋民族が日本にもたらしてくれたクリスの製造技術は、日本の鍛冶屋に受け継がれ、「折れず、曲がらず、良く斬れる」日本刀が生みだされました。

その後、日本は世界一の鉄の鍛造技術を誇るようになり、自動車部品をはじめ、安くて丈夫で精密な鉄鋼製品を作り続けて、世界中の人々の豊かな生活に貢献しています。

と無理矢理、まとめてみましたが。。。(笑)


『 インドネシアは日本と世界をつなぐ"架け橋"だった 』の第一回をおおくりしました。

次回は『邪馬台国の卑弥呼はインドネシア人だった』という内容でお届けしたいと思ってますが、タイトルが過激すぎるので、ボツにされるかもしれません。(笑)

この度は、ご拝読頂きまして誠にありがとうございました。(深くペコリ)


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